20240612

下高井戸シネマに『THE COCKPIT』を観に行った。満員に近くてこの日も三宅唱監督特集は賑わっていた。

仲間たちと集まって一緒にものをつくる楽しさ。小さな部屋で遊びから始めた行為がいつの間にか作品になって、やがて大きな場所へ広がってゆく、かもしれない……。そんな自分たちの日常と地続きの創作。楽器の技術さえ必要ないヒップホップという音楽は、その実感をつねにわたしたちに届けてくれる。 注目のヒップホップ・アーティストOMSBとBim、そして仲間たちも加えた、真剣だけどコメディ映画みたいににぎやかな音楽づくり。『THE COCKPIT』はそれを記録することで、同じようにわたしたちの日常と創作とを繋いでみせる。刺激的な創造行為の貴重な記録であると同時に、若者たちのユーモラスで愛おしい日常の記録でもある、これはそんなドキュメンタリー

ヒップホップのことはあんまりよく分かってないのだけど「さっきの音かっこいいですね」とか「これよくない?」とか会話しながら曲作りの過程見つめる。曲作りに徹するOMSBの後ろでレッドブルとモンスターの味の違いとか、モンスターは葉っぱの味がするとか雑談していたり、リズムに乗ったり、買い出しに行ったりと曲作りに関わってないようで関わっている雰囲気が最高だった。エンドロールもよかった。今日は暑かったけど帰りに自転車に乗ったら涼しくて気持ちよかった。区役所の前を通りかかったら銅像をぺたぺた触りながら雑談してる中学生四人組がいた。

葡萄を食べた。品種は忘れてしまっけど皮も食べれて身がサクサクとして小気味いい。甘くておいしい。子どもの頃に家で出てきた葡萄は種がない小粒の葡萄だった。スーパーや八百屋では身が大きくて種がない葡萄ばかり売っていて最近見かけなくて随分と食べてない。小粒の身を口の中で皮を剥いて皿の上に盛っていく。皮と共に骨格標本のような枝が残る。葡萄食べ終わったあとの枝が昔から好き。昨年食べた広島産の安芸クイーンという品種の葡萄がおいしかったな。また今年も食べたい。

柴田聡子の神保町ひとりぼっち 2024 Mar.

晴れていて気持ちよかったので自転車を50分ほど漕いで柴田聡子さんのライブに行く。1年振りの神保町ひとりぼっち。

先月末リリースされた『Your Favorite Things』はすごく好きなアルバムで聴いてる間も近くで聴きたかったので楽しみだった。開演前のSEでBeyoncéの新譜『RENAISSANCE』が流れた。

1曲目は初めての試みだというピアノで「Movie Light」の弾き語り。

”Hey, なんだか変だよ”

柴田聡子 / Movie Light

曲の始まりが「ねぇ」ではなく「Hey」なのがぼやけているような、心象風景に吸い込まれていくような雰囲気を聴いているときに感じて、ピアノの弾き語りで聴くと余計に「Hey」なのがいいと思った。柴田さんの声で発せられる「Hey」のよさ。途中のMCでこの日に緊急来日していたBeyoncéの話題になる。会えなかったのがショックで落ち込んでいた様子だった。会えたときに伝えることを用意していたらしく、そのときに伝えようとしていたことを英語で披露してくれた。奮発してBeyoncéのLPも買ったらしく「あなたと会えなかった日にあなたのLPを買ったよ」といつか会えた日に伝えたいと言っていた。柴田さんがBeyoncéといつか会えたら、共演できたらいいなと思った。新譜っていいですよねという話の流れから「アルバムで聴くと楽しい、アルバムルネサンス」という話も出てきて、Beyoncéの『RENAISSANCE』も柴田聡子の『Your Favorite Things』もアルバムを遠しで聴くのが本当に心地よくて通ずるものがあるなと思った。最後の曲はピアノの弾き語りで「Your Favorite Things」だいすきな曲。引用しようとも切り取れない。切り取れないタイプの曲。アンコールでSZAの「Return」のカバーも最高だった。『Your Favorite Things』の収録曲が弾き語りによって曲の原型を聴けたのも嬉しかった。おなじみの曲も嬉しかった。何にしても、歌詞を捕まえようと必死にならずともどれも耳心地よくて楽しいライブだった。ライブ終わりに物販で買った『きれぎれのハミング』にサインにしてもらった。

見返すと「。。。」を書いてくれていた

少し柴田さんと話せる時間があって、きれぎれのハミングの連載を読んでファンになったこと、どの回も好きだけど特に『。。。からの!!!』が好きだといことを伝えると先日Audibleで『きれぎれのダイアリー』の収録があったとき「。。。」の読み方に迷いなんて呼ぶと難しかったと話してくれた。アンコールでSZAの「saturn」を歌う前に最近出る新譜がどれもすごくて何をカバーするか迷った話をされていたので、どんな曲と迷われていたのかと聞いてみるとME:I『Click』とAriana Grande『supernatural』とILITの『Magnetic』で迷ったと教えてくれた。それらの曲を聴きながら帰った。

自由律俳句

2023年11月から2024年2月までの自由律俳句

  • 水滴がタップした
  • ハンドクリーム塗った直後にトイレ
  • ずれたまま固定された切手
  • スワイプと共にほこりを払う
  • スーパーにいるかちかちの雪見大福
  • 冷めてるたこ焼きの食べやすさ
  • コンセントの位置で決まる寝方
  • 弾けた炭酸が鼻の下に当たる
  • 醤油かけて初めて気付く目玉焼きの撥水性
  • 昔ならセンター問い合わせをしていた
  • 体温計を指してる間が世界で最も静か
  • 変わってないねと言えるほど知らない
  • 電車から見えた場所に立っている
  • 三日前の交通情報を聴いている
  • 架空の食パンに名前をつける
  • 無音のイヤホンに流れる咀嚼音
  • 焦げてるのに冷たい
  • 豆苗の生えかたの差
  • 白い靴下が汚れるスピード
  • Googleのおすすめしない方を帰る
  • 馴染みのない植物がこちらを見ている
  • 30歳と8歳と54歳がリザードンの話をしている
  • 返却されたばかりの本が並ぶ棚でわかる他人の悩み
  • 結露を拭くとき看病してる気分
  • 路面図のどこかしらから乗った人々

架空の船

アルフォートの船をまじまじと見ていると気になる。ただでさえ美味しいのに船まで描いてある不思議なお菓子。想像の中に出てくるふねふねしてる船がそのまま描いてある。

Q.アルフォートのチョコレートの表面に帆船がデザインされていますが、モデルとなった船、船種などはあるのでしょうか?


A.チョコレートにデザインされている帆船には特定のモデルになった船や船種はございません。弊社が独自でデザインしたものです。


Q.アルフォートのネーミングの由来を教えてください。


A.チョコレートにデザインされている帆船から「冒険」、「夢」、「ロマン」等をイメージしたネーミングです。この帆船には、アルフォートを発売するに当たり、お菓子という大海=市場に夢とロマンをもって漕ぎ出していくというイメージがあります。

(ブルボンのFAQから引用)

実体のない船。よく知っているのに存在しない船。お菓子に架空の船が描かれて流通している。アルフォートのことがもっと好きになった。

先日ドラッグストアで安くなってたので箱入りの小さなアルフォートを買ってみた。通常のよりもチョコの角が立っていた。ビスケットのアールも角張っていて、チョコとビスケットが合わさった厚みも薄くてパリッとしていた。でも味はアルフォートだった。そこが嫌だった。

実はみちなりにまっすぐかもよ

昨日『僕たちの哲学教室』をという映画を観た。作中、ストレスや不安を感じたら目を瞑り好きな場所を思い浮かべるという試みがあり、目を瞑って試してみたときに特定の場所の情景が浮かんでこないかわりに、帰り道の情景が浮かんできた。

 

目的や拘束時間から解放され家を目掛けて歩く帰り道が好き。楽しかった日の余韻を抱えながらの帰り道も、もやもやしながらの帰り道も等しく好き。駅から家への道のりは12分くらい離れているのが理想的だと思う。今の家は駅から4分なので帰り道が物足りない。日常の範囲だと20分は遠いなと思うけど、日常の範囲外だと交通機関に頼らず30-60分くらいかけて歩いて帰るときもよくある。長距離の徒歩を選ぶときは行きの道よりも帰り道が多い。大体帰り道は夕方や夜が多いので気温や雰囲気も好き。以前、三鷹に住んでいたときは吉祥寺の駅で降りてがやがやとしている商店街や場所を通って三鷹方面に向かうにつれて静かになっていく18分くらい歩く帰り道がとても好きだった。

 

昨日の帰り道、30分ほど自転車を漕いで帰宅しているとリュックが開いていたみたいでブルボンプチシリーズのしっとりチョコクッキーを落としていた。自分にがっかりした。落としたしっとりチョコクッキーを忘れられなくて、思い出すと悲しいのでしっとりチョコクッキーは当分買わないと思う。

原材料:粘着質のアスファルト、冷房が効きすぎている駅前の銀行、電線、打ち水、寒すぎるスーパーのアイスコーナー、サクレ、冷蔵庫に入っているバナナ、ちびまる子ちゃん、ウォーターボーイズの再放送、深夜の自販機の明かり、手すりの錆び、蟻がたかってる飴、初対面の親戚とのご飯、落ちているペットボトルのキャップ、レースのカーテン、電車の車体から滴る冷却水、駐車場のトラックが吐く排煙

日記映画

目黒シネマで『ウォールデン』を観た。通り過ぎていく日々をただ眺めて、衒うことなく映す日記とスケッチとノート。

常に模索すべきと言うが 私は目に映るものを礼賛するだけ 私は何も模索しない 幸福だ

流れてくる映像はぼやぼやしていて一向に像が定まらなくて鮮明に全てを覚えていることができない人間の記憶のようで、何の演出もなく、メカスの眼の前の風景の前に、人間も動物も状況も何もかもが隔てて目の当たりにするだけ。私性の強いものであるからこそ、日記はその隔たりが安心感を与えてくれるのかもしれない。

180分、人の記憶を追憶するのはすごく疲れた。

 

過去を思い出そうとするときの記憶の終着点として、思い出される光景がある。5歳くらいか、母親の実家に帰省して散歩しているとき、母親が昔好きで通っていたイタガキというパン屋に寄りパンを買ってくれたこと。店内のパンはビニール袋に入っていてその日出来立てだったことを物語るように結露がついていた。初めて好きなものを紹介してもらった記憶のようで憶えている。